けんぱち研究会
スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックらは、5年生400人余りを対象に面白い実験をしています。 まず彼女らは子どもたちに比較的簡単な図形パズル問題(実はIQテスト)を与えました。 そして、テスト終了後、子どもたちに点数を伝えほめました。 成績内容にかかわらず一人一人の子どもをほめるわけです。 このとき、半分の子どもは「わ、90点だ。あなたは頭がいいんだね」といった具合に賢さをほめます。 一方、残りの半分の子どもは、「すごい、90点だ。一生懸命やったね」などと努力をほめます。 この二群は成績が均等になるようにランダムに選定します。 その後、子どもたちには二種類のテストを与え、どちらでも好きな方をやりなさいと伝えます。 一方は最初のパズルより難しいけれど、やればとても勉強になるパズル、 もう一方は最初のものと同じように楽にできるパズルです。 結果、賢さをほめられた子どものほとんどが、楽にできるほうを選びました。 その一方で、努力をほめられた子どもの9割近くが難しいパズルにチャレンジしました。 ドゥエックによれば、努力をほめられた子どもたちは、さらに努力を認められようと難問にチャレンジするが、 賢さをほめられた子どもたちは、自分を賢く見せるために、あるいは「賢い」という評価を守るために、 間違うのを恐れるようになるというのです。 「あなたはもともと賢いのよ」「勉強できるはずよ」「さすがに頭がいいわね」といったほめ方は、 子どもたちのチャレンジ精神や努力を奪ってしまう可能性があるのです。 その後、ドゥエックらは子どもたちに極めて難しいパズルを与え、その様子を観察しました。 すると、賢さをほめられた子どもたちは、比較的早くあきらめたのですが、 努力をほめられた子どもたちは、なかなかあきらめず、この難問に熱心に取り組んだのです。 それから子どもたちに、ほかの人のテスト成績(答案用紙)を見る機会を与えました。 この時、自分より成績が良かった人の答案用紙を見るか、自分より悪かった人の答案用紙を見るかを選ばせました。 すると、努力をほめられた子どもたちは、自分より良い成績の答案を見ようとする傾向が強く、 逆に、賢さをほめられた子どもたちは、ほぼ全員、自分よりテストの出来が悪かった子どもの答案を見ようとしました。 賢さをほめられた子どもたちは、自分より出来の悪い者をみつけ、自尊心を守ろうとしてしまうのです。 ほめて、子どもの自尊心を育てることはとても大切なことですし、「自分は出来るんだ」という 自己効力感を育てることはこの上なく大事です。 しかし、子どもの賢さ(もともとの素質)をほめつづけることは、自分より下の子を見つけては 自分の賢さを確認するという、しょうもないモチベーションをつくってしまいがちなのです。 いじめも同じ。見下した相手、差別した相手をいじめることで自尊心を保とうとするのです。 ドゥエックらは最後に、最初の図形パズルと同じくらいの難易度のテストを子どもたちに実施しました。 結果、努力をほめられた子どもたちは、図形パズル問題の成績が30%程度伸びたのに対して、 賢さをほめられたグループは20%程度成績の低下が起こりました。 自分の間違いを積極的に見つけ、見つめ、間違いから学んでいくので成績が伸びていく、 その一方で、賢さをほめられた子は、自分の間違いを出来るだけ見ないようにして自尊心を維持しようとするので、 間違いから学べない。パズルの解き方も向上しないと考えられるのです。 そしてこのパズルは実はIQテスト・・・。ですからこの実験はほめ方によって賢さがかわる典型的な実験として知られています。 実際、間違いから学ぼうという姿勢を持っている人は、エラーを見出した時に現れる脳波(エラー陽性電位)が大きくなります。 そしてエラー陽性電位の大きさと、その後の成績向上が強くかかわるとの報告があります。 そしてこの脳波の出力源は内側前頭前皮質で、ネズミの実験では内側前頭前皮質の神経接続が強いと そのネズミの社旗的な地位が高くなります。 自分の間違いを積極的に見つけ出し、修正しようとする姿勢をほめること。 その萌芽をほめることこそ、子どもを、自分を伸ばすコツです。
諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授