けんぱち研究会
睡眠には眼球がピクピク動き、夢を見ていることの多いレム(急速眼球運動)睡眠と、
深い眠りのノンレム睡眠があります。
このノンレム睡眠の時、周波数の少ないゆっくりした脳波(徐波)が現れ、熟睡できるのですが、
たとえばカードの位置関係を覚えるときにバラの香りをかがせ、徐波睡眠中にまたバラの香りを
かがせると、海馬の活動が高まり、翌朝、この処置をしない場合に比べて、カードの位置関係を
よく覚えていることが報告されています(1)。
また、バラの香りなど使わなくても、徐波を電気刺激で強化するだけで、記憶が定着しやすくなる
とか、徐波中に練習している曲を聴かせると、より上手になるとか、
つい最近では、外国語の単語の学習で、徐波睡眠時に外国語の単語を聴かせると、
学習効果が上がることも報告されました。
スイス国立科学財団のビョーン・ラッシュらは、ドイツ語ネイティヴの生徒60人を被験者に、
午後10時ごろにオランダ語の単語を、いくつか(しかも初めて)学んでもらいました。
そして彼らの半数にはその後研究室で仮眠を取ってもらい、残りの半数にはそのまま眠らないで
いてもらいました。
仮眠グループはノンレム睡眠の間に、午後10時に学習した単語と同じものの録音を聞かされました。
起きていたグループは起きた状態のまま、午後10時に学習した単語と同じものの録音を聞かされました。
午前二時、仮眠を取っていたグループは起こされ、眠らなかったグループとともに単語のいくつかを
テストされました。
その結果、仮眠グループは眠っている間にだけしかオランダ語の単語を聞かされていなかったにも拘わらず、
夜更かしを余儀なくされたグループよりも単語の意味を理解していました。
単語の聞き流しは、夜更かしグループには何の効果もなかったにもかかわらず、です。
仮眠グループが眠っている間の脳波を調べたところ、単語を聞かされた時に、前頭部の活動を示す
陰性電位が現れ、前頭部の徐波の周波数が上昇し、また、単語の再生に伴い、右前頭部と左頭頂部では
シータ波のパワーが増大したそうです。
シータ波は、覚醒時の記銘(覚えること)と関わりがあるもので、
同じことが睡眠中でも起こっているから記憶が定着したと考えられます。
徐波睡眠を感知する装置を作り(簡単)、それがスイッチになって、覚えたいことが流れるようにすれば、
あーらふしぎ、素晴らしい記憶装置の出来上がり、です。
ま、その前に、覚えたいことを学習する必要はありそうですが(2)。
ま、睡眠学習装置はおくとしても、このような研究の蓄積によって、深い眠りの間に記憶が定着することが
明らかになっているわけです。
そして、残念ながら、加齢に伴って、深い眠りを示すノンレム睡眠中の徐波が少なくなり、
眠りが浅くなる傾向があります。
これが加齢に伴う記憶力の低下の正体の一つではと考えられているので、しっかり質のいい睡眠を
とることがだいじです。それが記憶力を守る、脳トレにもなるのです。
質のいい睡眠をとるには、昼間の運動量を多くすることです。
大人の場合、週あたり150分の中~強度の運動を行っていると、睡眠の質がよく、昼間に眠気を
感じにくいことが報告されています(3)。
ただし運動を始めた数日は興奮してかえって眠れなくなることもありますから、そこは我慢のしどころです。
午前中の日差しを浴びることは、視交叉上核などの体内時計を正常に保ち、睡眠の質をよくし、
生活の質を高めます。
窓のある職場のほうが睡眠の質がよく、長く眠れ、生活の質も高いそうですから、窓だいじです。
食事時間を一定にすることも体内時計のリズムを保つ上で重要です。
入眠の二、三時間前には入浴し、寝る前の刺激を避け、ふとんをかけて体表温度を保つと、
深部体温が低下し、入眠がすんなりいきます。これも脳トレです。
(1)Rasch, B., Buchel, C., Gais, S., & Born, J. Odor cues during slow-wave sleep prompt
declarative memory consolidation. Science, 315, 1426-1429. 2007.
(2)Schreiner T, Rasch B. Boosting Vocabulary Learning by Verbal Cueing During Sleep.
Cereb Cortex. 2014 Jun 23. pii: bhu139. [Epub ahead of print]
(3)Paul D. Bradley J. Association between objectively-measured physical activity and sleep,
NHANES 2005-2006. Mental Health and Physical Activity. Volume 4, Issue 2,
December 2011, Pages 65-69
諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授