けんぱち研究会
《ギャンブリング障害と遺伝の関係、その③》
※前回のコラムの続きです。
ゲノムワイド関連解析(GWAS)と遺伝要因の解明
遺伝要因を個別の遺伝子レベルで解明するため、ゲノムワイド関連解析(GWAS)などの分子遺伝学的手法
も試みられています。従来はドーパミンやセロトニンなど神経伝達物質関連遺伝子の多型に注目した候補遺
伝子研究が行われ、ギャンブリング障害との関連がいくつか報告されてきましたmdpi.com。
しかし、これらの所見の多くはサンプルサイズが小規模で、一貫した再現性を欠くことが課題でした。
2010年代以降には本格的なGWAS研究も実施されていますが、2020年時点までに発表されたGWASでは、
ギャンブリング障害に特異的な有意遺伝子は明確に同定されていませんpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
代表的な2件のGWAS(2013年と2016年発表、いずれも解析対象者数は約2000人未満)では、ゲノム全体で
有意水準を満たすリスク変異は検出されませんでした】pmc.ncbi.nlm.nih.gov。
ただし、これらの研究ではドーパミン神経伝達やハンチントン病に関連する経路**で遺伝的シグナルの濃縮が
認められ、病態関連分子経路についていくつかの手がかりが得られていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
サンプル数不足のため結論付けには至っていないものの、更なる大規模研究によって明確なリスク遺伝子の
同定が期待されています。
現在の知見から、ギャンブリング障害の遺伝的リスクは一つの遺伝子ではなく多数の遺伝子の累積効果
(ポリジェニック効果)によって生じると考えられます。また、この遺伝的背景は他の性質や疾患とも一部共有
されています。実際、ポリジェニックリスクスコア解析による研究では、統合失調症や神経症傾向(Neuroticism)
に対する遺伝的リスクが高く、性格特性である協調性(Agreeableness)の遺伝的スコアが低い人ほど、
ギャンブル障害や関連問題を起こしやすいことが報告されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
これは、ギャンブリング障害が他の精神疾患や人格特性と遺伝的要因を一部共有している可能性を示す所見です。
このような多因子の遺伝リスク情報を統合することで、将来的にはギャンブリング障害の**発症予測モデル
(ポリジェニックリスクスコアの活用など)**を構築できる可能性がありますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
さらに、新規の遺伝子候補も提案され始めています。最近の研究では神経栄養因子(NTFs)に関連する遺伝子多型
がギャンブリング障害の脆弱性に関与する可能性が示唆されましたmdpi.commdpi.com。
具体的には、ニューロトロフィン-3(NTF3)やその受容体であるNTRK2遺伝子の特定の多型がギャンブリング障害
患者で有意に頻度が高く、リスク上昇に関連していることが報告されていますmdpi.com。
NTF3やBDNF(脳由来神経栄養因子)の受容体であるNTRK2は神経の可塑性やストレス応答に関与する経路であり、
これらの遺伝子変異によるシグナル伝達の変化がギャンブリング障害の発症機序に関与している可能性があります
mdpi.com。興味深いことに、NTF3やNTRK2の異常はうつ病、注意欠如・多動症(ADHD)、摂食障害など他の
精神疾患でも報告されておりmdpi.com、こうした共通基盤の解明がギャンブル障害と他疾患の関連理解につながる
と期待されています。
つまり、こうした遺伝的素因を無視して、一律の対応がなり立つかのような支援や対応は副作用が生じる可能性が
高いのです。ギャンブリングの問題と合わせて、この素因による生きづらさへの対応が必要なのです。
公立諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授