けんぱち研究会
《ギャンブリング障害と遺伝の関係、その⑤》
※前回のコラムの続きです。
治療・予防への応用可能性
遺伝学的研究の知見は、ギャンブリング障害の早期発見や個別化対応に役立つ可能性があります。
近年の研究者は、ポリジェニックリスクスコアなど遺伝情報と環境要因を組み合わせたリスク予測
モデルを活用することで、発症リスクの高い人を早期に特定し、予防的介入や早期治療につなげる
戦略を提唱していますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
実際、他の依存症領域の知見からも、早期発見・早期介入によって予後が大きく改善することが
明らかになっており、ギャンブリング障害についても効果的なリスク予測ツールが整備されれば
重症化を防ぐ介入のタイミングを逃さないメリットが期待されますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
たとえば、家族歴や遺伝リスクが高い若者をスクリーニングして教育・支援プログラムを提供する
といった予防策は、有望なアプローチの一つです。
この時、スマートPLAYスタイルがスクリーニングの役に立ちます。スマートPLAYスタイルは、
家族や周囲に隠さず遊ぶ、遊んでいいときに遊ぶ、上限を決めて遊ぶ、などの健全な遊び方の指標です。
健全な遊び方は、ワシントン大のウッズらが提唱したもので、positive play scaleといいます。
より肯定出来るあそび方を推奨していく方が予防的であるという考え方に基づきます。
これを日本に援用したわれわれの調査から、寄与度の大きい項目をわかりやすく表現し、スマートPLAY
スタイルとして、遊技業界などがその広報に努めています。スマートPLAYスタイルを守ろうとすること
がリスク行動の予防になり、リスクのスクリーニングにもつながります。
支援の個別化に関しても、遺伝的視点からいくつかの示唆があります。
前述の通り、家族歴のあるギャンブリング障害患者は治療成績が良好である可能性が報告されており
greo.ca、遺伝的背景によって治療反応性が異なるサブタイプが存在することが示唆されます。
たとえば、単純な快感条件付けによる危ない遊び方(WHOは上記のギャンブリング障害までには
至らない状態をhazaourdous gambling or bettingとよび、こちらは健康問題として扱い、
ギャンブリング障害と呼んではいけないとしている)やギャンブリング障害は、軽症のとどまるケース
が多く、背景問題が大きい場合に重度化しやすいことなどが知られています。
こうした知見は、診療現場や支援現場で患者の家族歴や遺伝リスク要因を考慮し、個別化した支援計画
を立てることで効果を高められる可能性を示しています。
実際に、近親者に同様の嗜癖問題を持つ患者に対しては動機づけや支援体制を充実させる、遺伝的に
衝動性の高いタイプの患者には衝動コントロール訓練や薬物療法を手厚くするといったオーダーメイド
の介入が今後検討されるでしょう。
さらに将来的には、遺伝的プロファイルに基づいた薬物療法の選択や新規治療標的の開発も期待できます。
他の依存症研究では、遺伝子型によって薬物治療(例:アルコール依存症に対するナルトレキソン)の効果が
異なる可能性が示唆されており、個々人の遺伝的特徴に合わせたパーソナライズド医療の可能性が議論
されていますnature.com。
ギャンブリング障害においても、例えば脳内報酬系やストレス応答系の遺伝的多型に応じて薬物療法や
心理療法の効果を予測し、最適な治療法を選択できるようになるかもしれません。
ただし現時点では、遺伝情報を直接診療に活かす段階には至っておらず、これらは今後の研究課題です。
遺伝学的知見を踏まえた新たな治療薬の開発(例:ドーパミンやグルタミン作動系へのアプローチ)や、
ハイリスク群を対象とした予防的介入の確立に向けて、引き続きエビデンスの蓄積が求められています。
公立諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授